2000.7 渡嘉敷島 ー初めての沖縄ー

2000年の夏、初めて沖縄の地を踏みました。
会社を辞めて、夏の間アルバイトに行ったのです。沖縄本島すら行ったことがなかったのにいきなり離島とは思いきったものですが、行ってみれば本島から高速船で40分という近さ。
渡嘉敷の海は本当にきれいで私が行った離島の中では一番透明度があり、魚も多くいたので、やはり慶良間の海はいいなあと思います。
でも、その自然も年々色々な問題で脅かされています。自然のマナーを守り、極力ゴミを出さないなどの注意をして、この自然をいつまでも残していきたいと思いました。
初の沖縄で、初の離島生活は私の今までの生活とはとても違ったけれど、すぐに慣れました。
初めての合部屋で砂まじりの畳部屋、夜中にヤモリが鳴き、ムカデやゴキブリとの格闘、大好きな紅茶やおいしいパンもない生活。けれど、起きると毎日目の前に最高の海、そして共に生活し、働く仲間も最高で、充分毎日が充実していました。島には島の楽しみや暮らし方がありました。

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2000.9  石垣島 ーいろんな出会いの旅ー

渡嘉敷島を後にする頃、数ある離島の中で、なぜか与那国島にとても行きたいと思いました。そしてまずは石垣島から飛行機へ乗り継いで行くことにしました。
那覇からでは旅ならではのいい出会いがたくさんありました。石垣までの船の部屋では「安室奈美恵が小学生のときに教え子だった」という先生から思い出話を聞きました。
明け方に石垣島に着き、港でどうしようかと思っていたら京都から来たという女の子に出会い、時間があるというので、昼間一緒に島をまわることになりました。鍾乳洞へ行ったり、地ビールを飲みに行ったり。途中で島の女の子二人組の車に道を聞いたら乗せてもらえることに。その子たちは20歳くらいで、渡嘉敷島にいたことを話すと、「どこにあったっけ?」という返事が。同じ沖縄でも八重山の人は慶良間のことを知らなかったり行ったことがなかったりするものでした。でもナイチャー(本土の人)でも知らない場所はたくさんあるしなぁと納得。
石垣島に着く
までの船では、同室に、お母さんが石垣で居酒屋をやっているという与那国出身の女の子にも出会いました。早速着いた夜にそのお店へ。安くておいしいし、なじみのお客さんからいろんな泡盛をごちそうになったりして楽しかったー。島では渡嘉敷で共に働いた仲間とばったり再会できたことも嬉しかったです。
しかしこの年は台風の当たり年で台風に先をふさがれ、与那国へ発つ日は石垣空港で1日遅れ、翌日も半日以上空港で待たされました。家に帰る日が決まっていたため、結局与那国は断念。残されたわずかな日で石垣島を一人でまわりました。でも一人で川平湾や底地ビーチなどに行ったときは渡嘉敷での楽しかった日々を思い出し淋しくもなりました。そのときの9月の海は8月までの夏真っ盛りのときの海の色と比べると違う色に見えたものです。
初の沖縄に行ってから約2ヶ月半経ち帰ってきたときには、嫌でもすぐに元の生活に戻っている自分が嫌にもなりました。その後も再び沖縄に行くことだけを考えていました。

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渡嘉敷で見たハイビスカス


とかしくビーチ


ビーチの夕日

海で拾った貝と石


9月の川平湾を描きました。色が違うけれど...


9月の川平湾


「ヤギ買います」の看板は沖縄ならでは。


海ガメを間近で!